“コピーライターになったきっかけは、大学の広告管理論ゼミ。
男子学生が多い中、なぜか女子が集まり、
学生広告論文電通賞にグループで取り組んだのですが、それが楽しくて!
賞もいただき、広告って面白いかも、と思ったのです。
さらに恩師の小林太三郎先生に
「広告の世界なら、コピーライターという職業があり、女性にも向いている」
と勧められた一言で、在学中に養成講座に通い出しました。
当時まだ雇用機会均等法施行以前のこと、
企業の大卒女子の就職口はほとんどありませんでしたし、
新しいカタカナ職業にもちょっと魅かれました。
課題で提出した自分のキャッチフレーズが褒められ、
大きな活字になって配られたときの感激は、今も忘れられません。
それまで高校時代から演劇や文化祭に明け暮れ、
浅はかにも女優?を夢見ていた私ですが、
これは舞台より快感かも・・・・と思ったのです。”
“私の場合、特異なともだち関係として
5歳か10歳年上の女性とのつきあいがありました。
ところは花のヴェローナにて、ではなく、ヤサグレ者たちがたむろする新宿は歌舞伎町。
20年前はまさにエロから発するエネルギーに満ち溢れた街でした。
当時流行しはじめたお見合いパブでかわいい女の子に引っかけられ、
「お姉さんがいるから」と連れて行かれたのが、歌舞伎町の裏の裏の場末の店。
扉をあけると、上から下まで部屋中真っ赤っかな装飾のうえ、出てきたお姉さんは
女の子とまったく似ても似つかない顔です。席ではへべれけに酔ったおじさんが
新しく封を切ったウイスキーを無理やり飲まされています。
時間が早いからいっぱいだけ飲んでって、とお姉さんに頼まれましたが
多摩育ちの田舎者にも、このやばさが察せられないはずはありません。
青ざめた私に、ささっと寄り添い、「あんたいくらもってるの」と
財布をのぞきこむや、声高に「このこオールで5000円ね!」と助けてくれたのが
くだんの女性です。体格がよく、顔は川谷拓三似。太った川谷さん(仮)です。
しゃくれた顎からはやや息がぬけた女っぷりのよい言葉がでてきます。
その日から、かわいい女の子抜きでも、この危険な店の常連となりました。
いつ行っても、いくら飲んでも5000円です。
川谷さん(仮)が店を異動するたびに、私は新しい店に顔をだしました。
月末には「なんとか来て頂戴」と泣きつかれたこともありましたが、
これも友情の証とばかりに足を運びます。
店を持つのが夢だった彼女は、ついに焼き肉屋を開きました。
しかしやくざものに乗りこまれ、一度だけ私に金を借りに来ましたが、
いつしか消息不明となりました。
地方の役場から職場に電話がかかってきたのは数年後のことです。
彼女は旅館で仲居さんとして働いていたのですが、心臓を病み急死したのです。
残された手帳には、生き別れた娘さんと私の電話番号だけが記されていたそうです。
私は仕事中にもかかわらず、顔を覆って泣きました。
電話口からは「娘さんが引き取りを拒んでいますが、どうされますか?」と
役場のひとの声が聞こえます。私はひと言、声を発することさえできませんでした。
私に何かできたでしょうか。できたはずもありません。
しかし、東京を去った後、一度でも話ができていたら、と思うのです。
せめて愚痴を聞いてあげるのが、ともだちとしての
唯一の役目だったような気がします。”
“TCCの内部に入って初めて知ったのですが、
とにかくみんなまじめです。総務部のメインイベントは年1回の総会ですが、
それ以外、ひと月かふたつ月に一度ある総務部の会合でも
会員のために何ができるのか、どのように会費を使うのが公平か、
会費は適切かなど、昼の弁当ひとつでみっちり話し合うのです。”
“蛙の匂いは、「蛙」ではなく、出自である「沼」を再現していた。
コピーから伝わることが、書いてある以上の生業や情景や感情。
1本のコピーをトリガーに、そんなことまで自然と頭に描かんだら、
言葉になりきらない価値が伝わってくるコピーになるのかも・・・。”
“それにしても、ありとあらゆる草が茂っている。
色も背丈もそれぞれで、花のつくもの、つかぬもの。
一体何種類の草が、その土地を埋め尽くしているのだろう?
やがて刈り取られる運命と知ってか知らずか、
「チャンス!」とばかり、「我先に!」と、その土地に根を張ったのだ。
その生命力はハンパない。見上げた雑草根性である。
雑草の種は、風に吹かれながら、常に空き地を物色しているのだろうか。
誰かがそれをみつけたら、「おーい。こっちに土あるぞー」なんて、
仲間の種を呼び寄せるのだろうか。
風まかせ、鳥まかせの彼らに、そんな芸当はあるのだろうか。
もしくは、コンクリートの上にも、
この空き地に着地した種と同じだけの種が、舞い降りているのだろうか。
そこが土じゃなかったから芽を出さないだけで、
ものすごい数の雑草の種が落ちているのだろうか。
だとしたら、わたしも相当数の種を、吸い込んでいるはずだ。
肺の中で、小さな緑が芽吹いたりするのではないか。
いやいや、そんなことはないだろう。
自転車に乗っていて、目に虫が飛び込んでくることはたまにある。
涙に濡れた虫の亡がらが出てくるのだ。
だけど、目や口に種が入ったことは記憶にない。”
“うちの近所の家が、先月末に空き地になった。
「きっと建て替えでもするのだろう・・・」と、
土埃の立つ茶色い土地を眺めながら、毎日横を歩いていた。
それが今日見たら、一面が緑の海に変わっていた。
「いつの間に???」思わず自分の目を疑ったほど。
わたしにとってはわずか1晩で、変色したように思えたのだ。
まるでカメレオンみたいに。
実際は気づいてなかっただけで、数週間の出来事だったのだろう。
日射しが夏めいてくると、空き地には雑草が生い茂る。虫が増える。
そんなことは、小学生でも知っている。でも、ホントに驚いた。”
“どんなに数が多くても、脳が勝手に「塊」として認識しても、
「個」として捉えられなければ、自分と遠いものになってしまう。
「被害者」や「加害者」と、集団でくくってしまうのは、
どこか実情を曇らすことになるのかもしれない。
アウシュヴィッツの収容者という「塊」にも、
それぞれ一人一人に思考があり、生活があり、名前があった。
それはナチスという「塊」においても同じことだ。”
“150万人とも、400万人ともいわれる死亡者。
ユダヤ人が最初に大量移送されたのは、1943年の1月。
ソ連軍によって解放されたのが、1945年の1月。
わずか2年の間に、アウシュヴィッツでの惨劇は起こったのだ。
ユダヤ人の数え切れないほどの写真が、廊下の壁を埋めている。
収容直後だったせいか、まったく状況が掴めないとばかりに、
カメラを向けられ、反射的に微笑んでいる女性の顔もあった。”
“ 作業が一区切りつくと、食堂で学食並みに安いカレーライスを食べ、喫煙室で煙草を吸う。その図書館の喫煙室はガラスで囲まれており、見た目はまるで毒ガス室で、白い煙がモヤモヤと漂う中で喫煙者たちがどこを見るでもなく視線を泳がせ煙草をプカプカしている。その中に入り、煙草を取り出し、火をつけ、吸う。周りにはたいてい論文を書きに来ている大学生や、何かの調べのもをしているのか、けっこうな年配の方などがそれぞれ相手から距離を置いてベンチに座っている。だんだん暑くなってきましたね、なんていう会話は発生しない。みんな、ただ、ぼうっと煙草を吸って、何も言わずに出て行く。”
“字コンテにしろ、絵コンテにしろ、コンテは面白い。コンテが好きなのだと思う。映像に向かうまでのスリルがある。どこまでも想像を広げられるスリルと、具体的可能性を探るスリル。そういえば大学時代に学んでいた建築も、実物よりも設計図や模型の方が好きだったな。
そのため、現実に定着させるとどうしても不満が残るのは確かだ。コンテの時点では、他にも可能性があったのではないか、と思ってしまう。だが、そんなことを言っていては次には進めないので、それを延々と繰り返していくことになる。平日も休日も朝も夜も関係なく。やれやれ。
”
まあ、何はともあれコンテが好きでよかった。