川の堤防ぞいで夕方
子供が一人で歩いてて、いきなり立ち止まった
そんでいきなり川の方に向かって
「おかあさーん!」
って叫んだ
なんか一瞬でぎゅうって胸が痛くなって
子供はおかあさぁん、って何度も叫び続けてるし
うわぁやめてこれどうしたらいいの泣いたらいいの
喪女は子供に声かけていいの誰か!とか思ってたら
凄い遠くから「なーにー?」

川向こうのマンションのベランダから手を振る女性orz

子「おかあさーん!きょうのばんごはんなにー?」
母「今日はー、カレー!」(聞こえ難い)
子「おれダッシュで帰るからなー!」

子供はカレーカレー歌いながら走ってった
喪女の後ろの高校生も、「おかんおらん子かと思った」
「嫌がらんかったら肉まんでも買ったろおもてたのに」
「すげー悲しかったのに」「畜生」「おかんおってよかった」
とブツクサ言いながら笑ってた

“物心ついたときからずっと、父親に
「動物園だ」
といって毎週競馬に連れてかれた
小学校の遠足ではじめて本物に行き、
「馬だけじゃないんだ」
と目を輝かせた”
“この間甥っ子が
「男の子の日はこどもの日しかないのに、女の子の日は毎月あってズルい!」
って言ってたけどどこで何を聞いたんだろう”
“今日ケーキ屋で見た母親と幼稚園くらいの子供の会話

母親「どれにするか決まった?」
子供「うんとね。コレとコレがいい!」
母親「2つは駄目よ。」
子供「じゃあコレとコレとコレ。」

この子の発想はスゲーと思った。”
“息子が大好きなお饅頭食べてるとき、パパとママどっちが好きと聞いたら少し考えてから
お饅頭2つに割って「どっちが美味しい?」と俺に聞いた。”
“息子が書いたお化けの絵の横に、筆圧の強いはっきりとした字で大きく
ぬらひょろりん
と書かれていた”
“5歳の娘を連れてあらかわ遊園にたまに行ってる
「ミッキーさんは?」って聞かれるので「病気でお休みみたいだねー」って答えてる
あれがディズニーランドじゃないってバレるのはいつだろう”
“嫁の親父さんがウチの子供にランドセル買ってくれるってことでうっすら嫌な予感がしつつお願いしたんだけどさ、ウチ双子なんだよね。だからランドセル2つ持ってレジ行った時、他の客に
「あのタイガーったら2つしかあげないつもり?クスクス」
って笑われたんだって。
それを嫁から聞かされた時はさすがにその客にムカついたけど、朝起きたら玄関先にランドセル2つと
「○○ちゃんと○○ちゃんへ。おべんきょうがんばってね。だてなおと」
の手紙が・・・
お義父さん・・・サンタじゃないからそこは匿名にしないでいいと思いますよ。
っていうかウチの子を孤児にするつもりですか。夕方に俺が気づくまで近所の人みんなが写メ撮ってるし「○○さん家にタイガーが!?」って噂になってるし・・・。”

かつて大家族が当たり前だったころは、家に病気の人や老人がいて、家族で世話をしていました。でも今では病院に入れたりして、弱者を身の回りから排 除してしまいますよね。その結果、僕は不幸になったと思っているんです。なぜかというと、自分もいつか弱くなるのに、そのことを忘れてしまうから。だから 自分が弱くなることに、排除されるんじゃないかという恐怖を覚えてしまう。その恐怖を防ぐのが子育てなんですね。

世話をするのが大変だからと、子どもを産むのをためらっている人がいますね。しかし弱者のいる生活の豊かさを考えると、やっぱり産んだほう がいい。子どもの世話をするのは大変辛い、ではなく、大変ありがたい、なんです(笑)。そのおかげで、「人生とは小説とは恋愛とはこういうものね」とすぐ にタカをくくって済まさなくなった。弱い人と付きあうと、ふだんは眠っている想像力を使うことになる。それによって、自分の中にある可能性が引き出される んです。そして、可能性を十分に発揮して生きることが、幸せに生きるっていうことだと思うんですね。

公園で遊んでる子供たちから聞こえてきた会話(?)

「だーるーまーさーんーはーアメリカ人!」
「ハローハロー!」
「イエス!ウィーキャン!」

なんか新しい遊びになってたw