“ ぼくは、どうやら「天然」のなにかに向かい合ったとき、
 ずうっと「気が遠くなる」ことが多いようです。
 たとえば、ぼくはいくつかの化石を持っています。
 「恐竜の卵」とか「ティラノザウルスの歯」とか、
 「三葉虫」だとか、わかりやすいものばかりですが、
 そこには「気が遠くなる」の素が入っています。

 ぼくは、その化石がどういうものか知っています。
 知識として、どこかで憶えてしまったからです。
 これは2億年前のものだとか、1億5000万年前のだとか、
 どれくらいの大きさの生きもののものだとか、
 知っていることを知ってるままに、
 化石を見つめていると、わからなくなっちゃうのです。
 その知ってることが、たぶんほんとうなのだろうけれど、
 それを実感することはなかなかできない。
 もどかしい。考えたことのないことを、考えるうちに、
 わかるような気もしてくる。
 でも、わかるとは言えっこない。
 かくして、ぼくは「気が遠くなる」のです。”

Notes