“高崎氏は、電通 田井中邦彦氏の言葉「なんかええなと思った。あとでふり返るとそれは広告だった。それでええねん」を紹介。広告界の中だけで評価しあうことに疑問を投げかけ、「広告は映画や音楽や小説と同じ土壌にある。その中で選ばれたものだけが、メディアや時間を超えて伝わっていく」と語った。「メディアの使い方が珍しいものが広告の未来なのではない。コンテンツの価値をどう作るかにこそ力を注ぐべき。広告がつまらなくなると、広告自体がやせていってしまう」と警鐘を鳴らし、いかに自走していくコンテンツを作るかが今の自分の課題であり、これからのクリエイターに必要なことだと締めくくった。”
“細身で髪の長い女性には、「小雪に似てる」って言っとけば安心だと思ってる自分がいる。”
“昨日の帰りの電車で、背中に「レディーガガ」という付箋を貼られた女性が乗ってた。”
“消費者に受け入れられるためには、商品やサービスの送り手側はまず、その背景にある考えはこういうもので、こんな人たちにとってこんな役に立ちますと、明確なメッセージにして言い切らなければならない。でも、そのメッセージが受け入れられなかったら、送り手側は消費者をよく観察して、柔軟に軌道修正する必要がある。今後は、こうした柔軟な対応ができる企業が伸びて、できない企業、例えば組織が硬直してしまっていったん決めたことを変えるのが難しいような企業は、消費者からの支持を失っていくと思う。”

 震災後に改めてわかったことは、多くの人々のものの考え方だ。

 例えばツイッター上では、震災以降のメディアや個人の言動に対して、批判の声が多数上がった。その動きを見ていて、人は「自分の方が他人より上で、物事をよくわかっている」というしたり顔ができないと、生きていけないんだと感じた。何に関しても、「それはおかしい」と批判の声を上げるのは、批判をすることで「私の方が上で、よくわかっている」と主張するのとほぼ同じこと。人間が生きていくためには、何らかの手段でそういう確信を得ることが必要なんだと強く感じた。

“僕たちも、故郷を重視する消費者のそういう姿勢を受け止めるつもりでいる。現在、東京と大阪にグループの会社を置いているが、近いうちに福島県の郡山と福岡県に、それぞれ会社を置こうと思っている。グループ内の会社の1つを移すか、あるいは新たに作ることになる。郡山は僕の出身地だからで、福岡は社員の中に九州出身者が4人いるから。今は、社員それぞれが自分の故郷への恩返しを考えるタイミングなんだと思うし、そういう意識を持つ消費者もこれから増えていくだろう。”
“正月、ぼくは「寛容」に、ユーモアとルビを振りたかった。”
“ 「できること」を、毎日10年続けると、どうなるか?
 つまり「じぶん」という人間が、「変形」するのです。
 「できること」を、もっとよくできるように
 「変形」してしまうのです。
 ま、わかりやすく言えば、
 ボートを漕いでいれば腕が太くなったりする。
 毎日恋愛小説を書いていれば、
 こころの恋愛的なところが人並み以上に発達する。
 そういうことが、他の人よりも得意になる。
 で、一丁前になって、それでめしが食えるようになる。
 肉体も、精神も、ある意味「異様」に「変形」して、
 プロフェッショナルというものになるんだと思います。”
“ 人間、年をとると、だんだんと、
 じぶんの「できないこと」「逃げていたこと」が、
 はっきりと見えてくるものです。”

男 「隣、空いてますか?」
女 「ええ、空いてます。あなたがそこへ座ったら、私の席も空きます」

男 「どこかでお会いしませんでしたか?」
女 「ええ会いました。だから二度と会わないように隠れてたのに」

男 「僕の部屋へ行く?それともきみの部屋?」
女 「2つともよ。あなたはあなたの部屋へ。私は私の部屋へ」

男 「夜明けのコーヒー、いっしょに飲もうよ」
女 「いいわよ。じゃあ明日、午前4時に駅前で待ち合わせしましょう」

電網辻々噺 - 夜明けのコーヒー

こんなことを言われたらあきらめよう

(via nnddmmii)